2023年に読んだ本
February 24, 2024 | 13 min read | 795 views
『入社3年目に読んだ本』に引き続き、2023年に読んだ本をまとめます。2023年3月までの分は前回記事に含まれているので、今回は2023年4月からの9ヶ月間を対象とします。
2023年はプロダクトマネージャの仕事の割合が増えたことから、プロダクトマネジメント関係の本が比較的多くなりました。機械学習やプログラミング関係の本はというと、最近読みたいものに出会えていないので、おすすめがある方はぜひ教えてください(フランスに来てから書店や図書館で本と出会うことが難しくなってしまったので、インターネットだけが頼りです)。
以降、仕事関係の本14冊とそれ以外の6冊を紹介していきます。Amazonアフィリエイトの仕様が変わって書影が表示できなくなったので、今回以降はテキストのみで失礼します。
機械学習
Designing Machine Learning Systems
『Designing Machine Learning Systems』(Chip Huyen 著、O’Reilly、2022年)は、MLOpsに関する数々のブログ記事で有名な機械学習エンジニアのChip Huyen氏が、実用品質の機械学習システムを設計するための知識や考え方を経験豊富な実務者の視点からまとめた本です。機械学習エンジニア向けに一般的な話題を取り扱った本としては、最新のものになると思います。2023年に邦訳も出ました。
位置付けとしては、『仕事で始める機械学習』を最新の話題に更新した上で、技術的な内容をさらに掘り下げた(『データ指向アプリケーションデザイン』を参考にしている部分が多い)本だと考えるとわかりやすいです。これらの本を未読の方が、機械学習エンジニアに必要な知識を身につけるためには最適な本と言えるでしょう。
自然言語処理の基礎
『IT Text 自然言語処理の基礎』(岡﨑直観、荒瀬由紀、鈴木潤、鶴岡慶雅、宮尾祐介 著、オーム社、2022年)は、「LLM時代」の自然言語処理を体系的に学ぶことのできる本です。形態素解析や分布仮説などの基礎知識をしっかりと抑えつつ、深層学習を前提とした技術に大半のページが割かれており、LLM時代に合わせた入門書として最適だと思います。逆に、これ以前の自然言語処理の本を使って入門するのはおすすめできません。
ChatGPT以前に出版されたのにも関わらず内容が陳腐化していないのは、豪華著者陣の深い洞察ゆえでしょう。とはいえ、ゼロショット推論などChatGPT以降に普及した手法についてはあまり取り上げられていません。これらの内容については次の『大規模言語モデル入門』が参考になるでしょう。
大規模言語モデル入門
『大規模言語モデル入門』(山田育矢、鈴木正敏、山田康輔、李凌寒 著、技術評論社、2023年)は、LLMについて前の『自然言語処理の基礎』よりも詳しく知りたい人向けの本です。Transformerの基礎から、Hugging Faceのtransformersを使った文書分類など実践的な「使い方」まで紹介されています。この手の技術書では最新の本だと思いますが、それでもGPT-4を始めとするマルチモーダルモデルは取り上げられていません。分野の発展速度が本の出版ペースを超えていることがわかりますね。
生成 Deep Learning
『生成 Deep Learning ― 絵を描き、物語や音楽を作り、ゲームをプレイする』(David Foster 著、松田晃一、小沼千絵 訳、O’Reilly Japan、2020年)は、私の知る限り生成AIの最も古い技術書です。出版は2020年(原著は2019年)なので、「生成AI」や「Generative AI」という言葉が登場する以前の本です。LSTMやGANなど懐かしい(?)技術をベースに構成されていますが、それでもテキスト・画像・音楽の生成モデルを一通り学ぶことができます。前の2冊と同様、分野の歴史を知るのに役立つ一冊だと思います。
大規模言語モデルは新たな知能か
『大規模言語モデルは新たな知能か ChatGPTが変えた世界』(岡野原大輔 著、岩波書店、2023年)は、ChatGPTを始めとするLLMの仕組み、そして将来の可能性と課題について書いた一般書です。本書はChatGPTの発表からわずか半年後の2023年6月に出版されたという点が特徴で、当時は今ほど一般向け書籍が少なかったこと、私も非専門家の方とLLMについて話す機会が増えていたことから、「どんなものだろう」と読んでみました。あくまで一般書なので、ある程度詳しい方が読んでも物足りなさを感じると思います。また、今であれば『生成AIで世界はこう変わる』(未読)をはじめ類書がいろいろ出ています。
ソフトウェア開発
システム設計の面接試験
『システム設計の面接試験』(Alex Xu 著、ソシム、2023年)は、システム設計面接(system design interview)の対策教材として支持されているByteByteGoの邦訳です。単なる面接対策に留まらず、システム設計の基本となる構成要素、要件を具体化する際に意識すべきこと、典型的な設計パターン例などを解説しており、実際の仕事にも役立っています。ただし、翻訳の品質が非常に低いのでご注意ください。英語に抵抗のない方は元サイトか原著を英語で読む方がわかりやすいと思います。
ソフトウェアアーキテクチャの基礎
『ソフトウェアアーキテクチャの基礎 ―エンジニアリングに基づく体系的アプローチ』(Mark Richards、Neal Ford 著、島田浩二 訳、O’Reilly Japan、2022年)は、効果的なアーキテクチャを設計・構築・維持するのに必要な知識をまとめた本です。職場の本棚で見つけたので興味本位で読んでみましたが、私自身がソフトウェアアーキテクチャというものについて考えた経験が少なかったため、消化不良で終わってしまいました。様々なアーキテクチャにまつわる単語にインデックスを張ることはできたので、経験を積んだらまた読み直そうと思います。
ビジネスなど
プロダクトマネジメントのすべて
『プロダクトマネジメントのすべて 事業戦略・IT開発・UXデザイン・マーケティングからチーム・組織運営まで』(及川卓也、小城久美子、曽根原春樹 著、翔泳社、2021年)は、プロダクトマネジメントにおいて求められる幅広い仕事の全てを網羅的に解説しようと試みた野心的な本です。著者の小城氏が公開している関連記事からも読み取れる通り、本書は形式化されていない抽象的な知識を言語化・体系化・図式化したものです。チームメンバーと共通認識を持つために輪読会をするなどしても良さそうだと思いました。
私は2022年に社内起業に挑戦した際に『起業の科学』を読んだのですが、実際にプロダクトマネージャとしてサービスを作るとなると、何から考えればいいのかわからないことが多く非常に苦労しました(例えば、プロダクト指標をどう設計するか、ロードマップをどう作るかなど)。チーム内での議論についていくのも大変な状態だったので、本書を通じて基礎知識や考え方を学びました。基礎という意味では第2部までが非常に有意義で、上記の「関連記事」もほとんどは第2部までの内容を元にしているようです。それ以降は組織やマーケティング、ソフトウェアなどに関する各論的な話であり、そのときの状況に依存する要素も多いので、「気になったときに読む」くらいで良さそうだと感じました。私はその後、ソフトウェアエンジニアになってプロダクトマネジメントから離れましたが、本書および業務を通して身につけた考え方は事業にインパクトのある仕事をする上で今でも役立っています。プロダクトマネージャでなくとも、プロダクトの設計に関わる機会のあるすべての方におすすめできる一冊です。
プロダクトマネジメント
『プロダクトマネジメント ―ビルドトラップを避け顧客に価値を届ける』(Melissa Perri 著、吉羽龍太郎 訳、O’Reilly Japan、2020年)もプロダクト開発系の書籍でよく代表例に数えられる本ですが、こちらは『プロダクトマネジメントのすべて』よりも組織の話が多めで、架空の会社を舞台とする物語をベースに議論を進めていきます。同書とは内容も書き方も異なる部分が多いので、両方読むことで理解が深まると思います。
そもそもビルドトラップとは、組織がアウトカムではなくアウトプットで成功を計測しようとして、機能開発ばかりに集中してしまっている状況のことを指します。これは、ジョブ理論が唱える、「顧客にとっての価値とは顧客の問題を解決することである」ということを理解・実践できていないことに起因します。このビルドトラップを避けることがプロダクトマネジメントの一つの命題であるわけですが、本書ではこの問題を単にプロダクトマネージャーを雇えば解決するものではなく、組織全体でプロダクトマネージャ的な考え方を身につけなければならないとしています。これは極めて重要な点で、コードを書くことにしか関心がないエンジニアやスケジュールにしか関心がない管理職、契約を取るために安請け合いをしてしまう営業といった例を考えれば、その重要性や難しさがよくわかります。
「ではどうすればプロダクトマネジメントができるか?」という問いに対して、本書では第4部の「プロダクトマネジメントプロセス」において成功指標の設定や問題の探索(ユーザインタビューなど)、解決策の探索などの取り組み方を一通り解説しています。この辺りは実践ありきなので本を読むだけで習得するのは難しいですが、知識として持っておくと業務で課題に遭遇した際に実践しやすくなるかもしれません。
デュアルキャリア・カップル
『デュアルキャリア・カップル――仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える』(Jennifer Petriglieri 著、高山真由美 訳、英治出版、2022年)は、日本でも広まりつつある共働きカップルが二人の生活とキャリア形成を両立するための考え方を紹介した本です。詳しくは、公開されている第1章や私の過去記事をご覧ください。
LEAN IN
『LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲』(Sheryl Sandberg 著、日本経済新聞出版社、2018年)は、当時FacebookのCOOだった著者が自身のキャリアや家庭生活におけるエピソードを交えつつ、女性リーダーを増やすためにできることを論じた本です。タイトルから誤解してしまいますが、本書は女性だけに向けられた本ではありません。Sandberg氏ほどの人でもしばしば自信を失くしインポスター症候群になるということが赤裸々なエピソードと共に語られており、男性視点で読んでも勇気づけられることがありました。また、女性は職務要件を「すべて」満たしていないと応募しない傾向がある、リーダーシップを取ると「bossy」と言われがち、などのエピソードは、自分が採用や人事に関わる際には意識すべき点だと学びました。
一方、自己啓発系の本にありがちなことですが、個人的な意見を補強するために信頼性の低い心理学の研究が多数引用されている点は残念でした。個人的経験に基づく一意見としてことわった上で、参考文献を捨ててしまっても良かったのではないかと思います。
UXデザインの法則
『UXデザインの法則 ―最高のプロダクトとサービスを支える心理学』(Jon Yablonski 著、相島雅樹、磯谷拓也、反中望、松村草也 訳、O’Reilly Japan、2021年)は、心理学に基づいたUXデザインの原則集です。著者が公開しているLaws of UXというWebサイトが元になっています。原則集なので特段新しいことが書いてあるわけではありませんが、いちユーザとして不便を感じるプロダクトというのは、多くの場合こういった原則を守れていないように感じます。
インタフェースデザインのお約束
『インタフェースデザインのお約束 ―優れたUXを実現するための101のルール』(Will Grant 著、武舎広幸、武舎るみ 訳、O’Reilly Japan、2019年)も『UXデザインの法則』と似た趣向の本ですが、こちらは「101のルール」ということでより具体的ですぐに使えるテクニックを紹介しています。印象に残ったものを以下にいくつか挙げます:
- アイコンにはテキストラベルをつけるべきだが、アイコンの中にテキストを入れてはならない
- フラットデザインでも、ボタンはボタンらしく見せるべき
- 破壊的操作は取り消し可能にする。実行後に「取り消しますか?」のオプションを見せるのも親切
- ユーザージャーニーが長い時には現在位置を表示する
- 色覚障害者に配慮し、色は参考情報程度にとどめる。重要な情報は色以外でも伝える
はじめてのUXリサーチ
『はじめてのUXリサーチ ユーザーとともに価値あるサービスを作り続けるために』(松薗美帆、草野孔希 著、翔泳社、2021年)は、数あるUXリサーチの手法(ユーザーインタビュー、ユーザビリティテスト、アンケートなど)を説明した本です。
番外編
仕事とは関係のない本もいろいろ読みました。特に読んで良かったものを簡単に紹介します。
『Cooking for Geeks』(Jeff Potter)は、「味覚がどのように機能しているのか」「温度によって脂肪やタンパク質や糖がどのように変化するか」「料理道具の仕組み」などの料理の基礎を科学的見知から説明している類稀なる本です。500ページ近くあることもあって数年かけて読破したのですが、好奇心を満たしながら料理スキルを向上することもできて、料理と科学が好きな私には最高の本でした。本書を読んで以来、自分にとって料理を作ったり食べたりすることは科学的な営みの一部となりました。具体的には、以下のようなことを日々感じたり考えたりしています:
- 鶏胸肉をしっとりと仕上げたいときは、パスチャライゼーションを達成できて、かつアクチンが編成しない温度帯・保持時間で調理すれば良い(著者は68度・3分間としているそうです)
- 炭焼きレストランさわやかでレアのハンバーグを安全に食べることができるのは、ひき肉の加工工程を内製化しているからである
- マーマレードジャムの食感は、果皮や薄皮を高温で煮ることで溶け出したペクチンが冷める際に形成するゲルによるものである。砂糖はバクテリアの繁殖を防ぐために必要だが、果皮の苦味を和らげる効果もある
『実力も運のうち』(Michael J. Sandel)は、能力主義(メリトクラシー)こそがエリートとそれ以外との間の分断を深刻化させている元凶だと論じた本です。本書はアメリカにおける問題について論じていますが、程度の違いこそあれ、日本でも同様の問題が存在していることは間違いないでしょう。本書を読んで私が真っ先に思い出したのは、上野千鶴子氏による2019年の東京大学入学式祝辞の「努力は報われると思えること自体が環境のおかげである。世の中には努力をする前から意欲をくじかれる人が多数いる」という言葉です。当時、この祝辞に反発する学生が周りにいたことを記憶していますが、彼らは今、メリトクラシーがはらむ問題についてどう考えているのでしょうか。
『あなたと原爆』(George Orwell)は、同氏の思想、特に権力に対する眼差しを読み取ることのできるエッセイ集です。『動物農場』や『一九八四年』に込められている思想が、彼のスペイン内戦やビルマでの警察勤務の経験に裏打ちされたものなのだということが実感できました。特に「絞首刑」と「象を撃つ」は彼にしか書けないエッセイだと思いました。
『正欲』(朝井リョウ)は、「多様性の時代」であるはずの令和の日本にあっても「多様性」に包摂されることを望めない人たちの生きづらさ、彼らに向けられる偏見を描いた群像劇です。登場人物の描写が怖いほどにリアルで、作者はいったいどんな人なんだろう(そして自分をどのように認知しているのだろう)と気にならずにはいられませんでした。
『Project Hail Mary』(Andy Weir)は、『The Martian』で知られる人気SF作家による新作で、例によって宇宙で一人でサバイバルという設定の小説です。実は本書で初めて英語の長編小説を読破したのですが、全体を通して平易な英語で書かれていて読みやすかったので、英語の小説に挑戦してみたい方にもおすすめです。
『チョンキンマンションのボスは知っている』(小川さやか)は、文化人類学とアフリカ研究を専門とする著者が、香港のタンザニア移民コミュニティに密着して調べ上げた驚きの商習慣を紹介した本です。IT業界にいると「ビジネス=Webサービス」のような視野狭窄に陥ってしまいますが、本書はそのような固定観念を吹き飛ばしてくれる一冊です。
Written by Shion Honda. If you like this, please share!