Hippocampus's Garden

Under the sea, in the hippocampus's garden...

2024年に読んだ本 | Hippocampus's Garden

2024年に読んだ本

January 25, 2025  |  14 min read  |  260 views

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2023年に読んだ本』に引き続き、2024年に読んだ本をまとめます。

2024年は海外生活のため物理本へのアクセスが制限されていることもあって、技術書の数が大幅に減ってしまいました(本を持ってきてくださった皆様、ありがとうございました)。代わりに、Kindleで気楽に読める本をたくさん読みました。今年も引き続き厳しい環境ですが、技術書を5冊以上読めるといいなと思います。では以降、仕事関係の本8冊とそれ以外の本たち(番外編)を紹介していきます。

機械学習

ゼロから作るDeep Learning 5

ゼロから作るDeep Learning ❺ ―生成モデル編』(斎藤 康毅 著、講談社、2024年)は、生成モデルの理論と実装をゼロから学べる人気シリーズの第5弾です。本書は正規分布などの基礎事項から拡散モデルの仕組みに至るまでを一貫したストーリーで解説し、最終的には簡易版Stable Diffusionといった趣の画像生成AIを実装することを目指します。

本書の魅力は、生成モデルの発展を基礎から追いかけながら、理論と実装の両面で深い理解を得られる点です。数式を用いて確率分布や最尤推定を説明するステップから始まり、混合ガウスモデルやEMアルゴリズム、VAE(変分オートエンコーダ)を経て、最終的にはPyTorchを使った拡散モデルの実装に到達します。一方で、数式の展開が多いため、苦手意識のある方にはややハードルが高いと感じるかもしれません。

転移学習

転移学習』(松井孝太、熊谷亘 著、講談社、2024年)は、転移学習について体系的に学べる貴重な一冊です。本書では、転移学習の基本概念からドメイン適応、事前学習済みモデル、知識蒸留、マルチタスク学習、メタ学習、継続学習、さらに強化学習への応用まで、幅広いトピックを詳細に解説しています。

基盤モデルの進化によって実用性がさらに高まった転移学習を、統計的学習理論の観点から深掘りしているのが特徴です。特に、ラデマッハ複雑度を用いた期待リスクの上界、ノーフリーランチ定理に基づく限界、対照学習や相互情報量の最大化といった高度な内容もカバーされています。また、少数ショット学習、継続学習、強化学習での転移学習といった、応用範囲の広がりも包括的に取り上げています。

ソフトウェア開発

プログラムはなぜ動くのか 第3版

プログラムはなぜ動くのか 第3版』(矢沢 久雄 著、日経BP、2021年)は、プログラムの基礎からコンピュータでの動作原理を丁寧に解説した一冊です。

この本は、「プログラムを書く」という行為がコンピュータ内部でどのように動作に変わるのかを解き明かします。ソースコードがどのように翻訳され、メモリにロードされ、CPUによって実行されるかという流れを、図解を交えて解説します。ハードウェアやOSの仕組みも取り上げられており、プログラムを深く理解するための基礎が学べます。例えば、メモリの仕組みについての章では、なぜプログラムがメモリ上に展開されるのか、ヒープやスタックの役割は何かといった疑問に答えてくれます。私は学生時代、こういったコンピュータサイエンス系の授業が苦手だったのですが、当時この本を読んでいれば、授業の内容をもっと理解できただろうと思います。

ネットワークはなぜつながるのか 第2版

ネットワークはなぜつながるのか 第2版』(戸根 勤 著、日経BP、2007年)は、ブラウザにURLを入力してからWebページが表示されるまでの一連の流れを解説し、その裏で働くネットワーク技術を体系的に学べる一冊です。

この本の最大の特徴は、インターネット上の通信を「実際の動き」に沿って説明している点です。データがどのように形を変えながらLANケーブルを抜け、プロバイダを通り、サーバに届いて再び戻ってくるのかを、各レイヤーや技術要素を紐解きながら順序立てて解説しています。主な内容は以下の通りです:

  • 第1章:ブラウザがリクエストを作り、DNSを使ってサーバーのIPアドレスを特定する仕組み
  • 第2章:TCP/IPのパケットが生成され、LANアダプタを通じて電気信号に変換されるプロセス
  • 第3章:LAN内の機器(ハブやルータ)がどのようにデータを中継するか
  • 第4章:アクセス回線(ADSLや光ファイバ)がインターネットと家庭を接続する仕組み
  • 第5章:ファイアウォールやロードバランサー、CDNなどがサーバーへの到達をサポートする技術
  • 第6章:サーバーからのレスポンスがどのようにブラウザに戻り、表示されるか

初心者にとってはやや内容が密で読み進めるのに時間がかかるかもしれませんが、図解や噛み砕いた説明が助けになります。エンジニアやインフラ関係の仕事を目指す方、または現場で働くプロフェッショナルにとっては、ネットワークの基礎を復習する良い機会となるでしょう。

ビジネスなど

反脆弱性

反脆弱性――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』(Nassim Nicholas Taleb 著、千葉敏生 翻訳、ダイヤモンド社、2017年)は、不確実性や予測不可能な出来事に直面したとき、それを単に乗り越えるだけでなく、むしろ成長や利益を得る「反脆弱性」という新しい視点を提供する一冊です。

著者のTalebは『ブラック・スワン』で「予測不可能なリスク」の存在を提示した研究者です。本書では議論を一歩進め、そのリスクを活用する方法論を探求しています。「脆弱」「頑健」「反脆弱」という3つの概念を軸に、日常生活からビジネス、さらには国家の意思決定における具体的なアプローチを提案します。この3つの概念は一般的でないため、以下に簡単に説明します:

  • 脆弱(fragile): 外部からの衝撃や変化に対して弱く、容易に崩壊したり損害を受けたりする性質。
    • ガラスのコップは、床に落とすと簡単に割れるため「脆弱」である。
    • 企業の場合、大きな経済危機や予測できない事象(自然災害やパンデミックなど)によって業績が急激に悪化し、倒産に至ることが多い企業は「脆弱」といえる。
  • 頑健(robust / resilient): 外部からの衝撃に対して耐えることができる性質。衝撃を受けても壊れたり影響を受けたりしないが、特別に良い結果を生むわけではない。
    • 金属のコップは、床に落としても割れないため「頑健」である。
    • 企業の場合、経済危機に対してある程度の耐久力を持つ企業。例えば、収益が安定しており、大きな影響を受けにくい業界の企業が該当する。
  • 反脆弱(antifragile): 外部からの衝撃や変化を利用して、むしろ成長や改善を遂げる性質。単に壊れないだけでなく、不確実性やストレスが成長のきっかけになる。
    • 筋肉はトレーニングという一種の「負荷」を与えることで、逆に強くなるため「反脆弱」である。
    • 企業の場合、パンデミックや経済危機といったショッキングな出来事をきっかけに、新しいビジネスモデルを開発したり、新市場を開拓したりして業績を伸ばす企業が「反脆弱」といえる。

著者は、現代社会が安定を追い求めすぎることで、逆にリスクに対して脆弱になっていると指摘します。銀行システムは脆弱な構造である一方、スタートアップのようにリスクを受け入れ、変化を活用するものは反脆弱であると説明します。反脆弱性を獲得するための方法として著者が推奨するのが、「バーベル戦略」です。これは、安全な資産と高リスク高リターンな資産の両端に投資を集中させることで、ランダムな要素や不確実性を利益に変える方法です。資産運用や企業経営12の文脈では当然のように実践されていることですが、あなた自身のキャリア設計や子供の教育方針などのミクロなレベルではどうでしょうか。最後に失敗したのはいつで、その経験から何を学びましたか?同じ質問を国家の政策設計というマクロなレベルで考えてみるのも面白いですね。

ファスト&スロー

ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』(Daniel Kahneman 著、村井章子 訳、早川書房、2014年)は、人間の意思決定プロセスを二つのシステム「ファスト(直感)」と「スロー(論理的思考)」に分け、行動経済学の重要な理論を紹介しながらバイアスや誤った判断の仕組みを解説した本です。

出版当初から色々なところで目にしていたので気になっていたものの、2021年の行動経済学の再現性に関する騒動を見てから、読むのを躊躇していました。しかし、最近になってからシステム2思考をすると言われるOpenAI o1が登場したり、Sam Altmanが推薦したり、プロスペクト理論に着想を得た嗜好最適化アルゴリズムが提案されたりと、目にする機会が再び増えてきたので、ついに読んでみることにしました。

上記の『反脆弱性』が不確実性の高い状況下で合理的な意思決定を下すためのコツを教える本だとすれば、本書は合理的経済主体(Econ)を仮定したモデルが実際の人間(Human)に当てはまらないことを示した本だと言えます。両者を合わせて読むことで、意思決定の質を高めることができるでしょう。

Speak Business English Like an American

Speak Business English Like an American』(Amy Gillett 著、Language Success Press、2013年)は、アメリカのビジネスシーンで日常的に使われるイディオムや表現を学べる実用的なガイドブックです。英語が母語でない人が自信を持って仕事で英語を話せるよう、具体的で役立つフレーズを網羅しています。

本書は、ビジネスで頻繁に使用される表現を対話形式で紹介し、それぞれのフレーズの意味と使い方を解説しています。例えば、“under the water”や”put in my two cents”といったフレーズが、どのような場面で使われるのかを学べます。これらの表現は日本の英語教育ではあまり教わらないものですが、実際の職場ではしばしば遭遇します。

非ネイティブ英語話者としては、こうした表現を積極的に使う必要はないかもしれませんが、他の人が使う以上、意味を理解しておくことは重要です。翻って、個人的には英語でも日本語でも、多様なバックグラウンドの人を想定するべき場面ではわかりやすい言葉を使うことが大切だと感じました。

また、本書はアメリカ英語に特化しているため、アメリカの文化特有の表現が多く見られる点も興味深いです。例えば、アメリカのスポーツ(“touch base” や “Hail Mary”)や軍隊(“rally the troops” や “bite the bullet”)に由来するイディオムは、他国ではそれほど馴染みがないかもしれません。

うひ山ぶみ

本居宣長「うひ山ぶみ」』(本居宣長 著、白石良夫 訳注、講談社学術文庫、2009年)は、日本古来の学問を体系化した国学の入門書です。ここまで紹介した本とは一風変わったジャンルの本ですが、本書は学習法に関する指南書3としても現代に通じる内容を持っています。

この本を手に取ったきっかけは、私が一方的にファンをしている研究者・佐藤竜馬氏による記事「本居宣長『うひ山ぶみ』に学ぶ学び方」を読んだことでした。意外なタイトルに惹かれて読んでみると、日本史の試験以外で気に留めることもなかった江戸時代の人物が、学習法に関して普遍性のある教えを残していることを知って驚きました。例えば、以下のような一節があります:

書物を読むのに、ただなんとなく読むときは、どんなに詳しく読もうと思っても、限りがある。自分で注釈をしようと心掛けて読むと、どんなものでも意識して気にとめるから、読み方が精緻になる。また関連してほかに得ることも多い。したがって、注釈は、それが完成しなくとも、学問にとって大いに有益なのである。これは注釈に限ったことではない。なにごとにせよ、著述を心掛けねばならない。

調べてみれば、本居宣長は当時さほど重視されていなかった古事記をはじめとする古典を自力で読み解き、学問として体系化した人だということです。なるほど、氾濫する情報を批判に読み解き独自の視点を構築するという、現代で求められるスキルを当時から持っていたわけです。

ただ、通読してみて、国学に関心のない私にとって興味深いことは基本的に上述のブログ記事に書いてあるということがわかりました。同記事は本当に面白いので、ぜひ読んでみてください。

番外編

仕事とは関係のない本もいろいろ読みました。特に読んで良かったものを簡単に紹介します。

罪と罰』(フョードル・ドストエフスキー)は、ご存知の通りロシア文学の金字塔的作品です。学生時代から読もう読もうと思ってやっと読むことができたのですが、掛け値なしの名作でした。作品で描き出されているテーマは現代にも通じる普遍的なものですし、主人公のリアルな心理描写はサスペンス的に楽しむこともできました。詳しい中身については「忙しい人のための『罪と罰』」にまとめたので、興味のある方はぜひご覧ください。本作の基礎になっているともされる『地下室の手記』も読みましたが、こちらは物語としては読ませる力に劣ると感じました。『カラマーゾフの兄弟』も近いうちに読みたいです。

平成で盛んに耳にした標語「ナンバーワンよりオンリーワン」。それはつまり、一位になるための軸を自ら見つけなければならないことでもあり、それは時に苦痛となります。『死にがいを求めて生きているの』(朝井リョウ)は、群像劇を通じてその生きづらさを浮き彫りにします。死にがい、すなわち「自分が生きているという実感」は一朝一夕で得られるものではありません。だからこそ、手っ取り早く特別な自分を手に入れられる手段として過激な活動に身を投じる人がいるのでしょう。

昨年の『正欲』、そして映画で見た『何者』で朝井リョウ作品の魅力に目覚め、作者の人となりが気になってエッセイ集も読んでみました。「ゆとり三部作」でこれまでに3冊出ているのですが、これがどんなコメディよりも笑える爆笑系エッセイでした。どれか1つ選ぶとしたら、最初の『時をかけるゆとり』は学生視点のフレッシュさも感じられるのでおすすめです。

映画『花束みたいな恋をした』に「その人は今村夏子の『ピクニック』を読んでも何も感じない人なんだよ」というセリフがあります。「一体どんな本なのだろう」と興味を持って、この短編が収録されている『こちらあみ子』(今村夏子)を読んでみました。結果、私は第三のカテゴリ「物語を理解できない人」でした。何か不穏なことが起きているのはわかったものの、ネタバレを読むまでその意味がわかりませんでした。「ピクニック」のように、今村夏子氏の作品は自己認識が歪んでいる人の視点で人間の心の暗い部分を描き出したものが多いです。ざっくりとジャンル分けをするとサイコホラーになるのかもしれませんが、ありふれた日常を綴る柔らかな文体とのギャップが独特の世界観を生み出しています。『星の子』と『とんこつQ&A』も良かったです。

デューン 砂の惑星』(Frank Herbert)は、砂漠の惑星アラキスを舞台に、抗老化作用を持つ希少な香料メランジを巡る権力闘争と、運命に翻弄される若きポール・アトレイデスの成長を描いたSF叙事詩です。本作が他のSF作品と異なるのは、生態学や文化人類学に基づいて緻密に構築された世界観です。アラキスの過酷な砂漠を生き抜くフレメンの文化はイスラム文化を彷彿とさせ、巨大な砂虫「シャイ=フルード」は圧倒的な異世界感を醸し出します。フィクションながらも現実の宗教や政治に通じる深みがあり、読むほどにその魅力に引き込まれます。Denis Villeneuve監督による映画シリーズも圧巻です。

都会に住む鳥たちは、驚異的な適応力で人間社会と共存しています。『都会の鳥の生態学』(唐沢 孝一)は、高層ビルの上から獲物を探すハヤブサ、銀座のビル屋上の養蜂を狙うイソヒヨドリ、マンホールの穴から出るユスリカを食べるウグイスなど、都市特有の野鳥の生態を紹介しています。著者の研究にかける情熱は凄まじく、ツバメの食べ物を調べるために糞を茶漉しで水洗いして未消化の虫の破片を集めたというエピソードには驚嘆しました。本書を読めば、都会の殺伐とした風景も全く違ったものに見えてくるはずです。実際、私自身もパリの散歩中に、ワカケホンセイインコの群れが木の上を走るリスを追い回す様子に遭遇し、本書が教えてくれるような都市の生態系の豊かさを実感しました。鳥好きの方には『動物たちは何をしゃべっているのか?』(山極 寿一、鈴木 俊貴)もおすすめです。

プロのためのわかりやすいイタリア料理』(永作 達宗)は、イタリア料理の本格的な世界を垣間見たい方におすすめの一冊です。本書は通常のレシピ本の2-3倍の値段ですが、2-3倍の量と質があるため買って損はありません。プロ仕様のレシピに加え、各種パスタやチーズなどの食材解説やイタリア料理の歴史まで網羅しています。地域ごとの食文化の違いについても詳しく書かれており、読み物としても楽しめる構成です。日本の家庭向けに簡略化されたレシピに飽きた方や、料理をしないけれどイタリア料理を深く学びたい方にもおすすめです。

蝿の王』(William Golding)はユートピア的漂流譚『十五少年漂流記』や『珊瑚島』へのアンチテーゼであり、南太平洋の無人島に不時着した少年たちが、極限状態で文明社会の秩序を崩壊させ殺し合いに至る姿を描いた衝撃的な寓話です。野蛮な社会で良識を保ち続けることの難しさがよく描かれています。法螺貝という秩序の象徴が破壊されるまでの過程は、ハラハラせずには読めませんでした。

あとは、資産運用と人生設計について考える材料として、『DIE WITH ZERO』(Bill Perkins)と『投資の大原則』(Burton Malkiel)を読みました。


  1. リクルートホールディングス社長の出木場 久征氏が唱える「失敗の総量をマネジメントする」という考え方は、まさにその具体例です。

  2. 報酬を現金とストックオプションの組み合わせで設計するのも具体例の一つです。

  3. 例えば、『独学大全』のような本です。


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
[object Object]

Written by Shion Honda. If you like this, please share!

Shion Honda

Hippocampus's Garden © 2025, Shion Honda. Built with Gatsby